こんにちは、管理人のエディコです
今回は、職場でのミスの多い部下や後輩を叱ることは無意味 or 逆効果ということについて解説したいと思います。
ブログへのお問い合わせから相談を受けました。
私には、この4月に異動してきましたADHD疑いの部下がいます。
前所属の同僚から聞いてはいましたが、その部下はケアレスミスが多く、仕事の進捗も遅いです。
会議などの予定を忘れていたり、社会人としてどこか物足りなく、注意し続けていても改善の兆しがありません。
このほかにも書ききれないくらいの問題があって、ストレスが募りつい叱りすぎてしまいます。
自分の指導力のなさを改めて実感し、お互いに心を病んで、どちらかが休職してしまわないか心配です。
ネットで調べていると、エディコさんのサイトにたどり着きました。
エディコさんの視点で何かアドバイスがあればお願いします。
※内容要約
(40代・公務員・男性)
Contents
発達障害に悩む方は意外に多い?
まず前提として、医師でもない人が、根拠もなく自分や他人を発達障害だと判断することはおすすめしません。
それを踏まえたうえで、日本では20人に一人がなんらかの発達障害を抱えていると言われています。
統計から漏れている発達障害グレーの人も含めると、その割合はもっと多いでしょう。
発達障害の人自身が、その特性由来の「働きにくさ」を抱えているのと同様に、発達障害の人とともに働く上司・部下・同僚も「働きにくさ」を感じていると思います。
その「働きにくさ」がフラストレーションになり、発散してしまいたい気持ちもわかります。
しかし、感情の矛先を部下や後輩に向けても、無意味であったり、場合によっては逆効果となります。
この記事では、ADHDに限らず部下や後輩を感情的に指導するデメリットと、どうすればいいのかを解説したいと思います。
事前に断っておきますと、私は管理職ではなく、部下をもった経験はありません。
しかし、ADHDながら公務員を15年以上やってきて人一倍、叱られてきた経験があります。
その経験の中からヒントになるものがあればと思い、回答させていただきます。
感情的に指導をするデメリット
そもそもビジネスの現場では紳士的なふるまいが求められていることがほとんどです。
そのような場で、感情的になってしまうことはナンセンスで、周りから距離を置かれてしまう原因にもなります。
「感情=人間らしさ」という理論はわからなくもないのですが、デメリットが多いことを知っていただければと思います。
自己肯定感を下げる
当たり前の話をしますが、ADHDかどうかに関わらず、人間であれば誰もが持っていて、傷つきやすいものがあります。
それはプライドです。
プライドというと、ネガティブに捉えられることもあるかもしれませんが、そのような場合は、人間としての尊厳や自分を大事にしたいという気持ちと読み替えてください。
誰しもが自分の人生の主人公であり、人生を良くしたいと思っています。
「あんな仕事のデキナイ奴にプライドなんかあるか」「あいつは面の皮が厚いから何を言っても傷つかない」なんて思わないでください。
人間はちょっとした敵意の言葉で傷ついて、自己肯定感を下げて、自信をなくしてしまうものです。
自信をなくすと、人生がつまらないものになってしまいます。
人の心は目に見えないので、あなたの叱責で実際にどれくらい傷ついているかはわかりません。
ですので、感情的になって配慮を欠いてしまう可能性のある状態での指導は、一生モノの傷を負わせる覚悟が必要な行為であることを認識しておきましょう。
委縮させる
叱責をする人の中には、自分の言葉を相手の心に刻み込みたいがために、キツめの言葉を選んでしまう人もいます。
相手に響かせたい気持ちはわかりますが、必要以上のキツい言葉の選択は無意味・逆効果です。
相手に響かせたいなら、言葉の表現ではなく内容で勝負しましょう。
前の項目とも共通するところもあるのですが、自信をなくすと委縮し、行動の幅が狭まってしまいます。
自分で考え判断した行動の結果を否定されてしまうと、誰でも多かれ少なかれ自信をなくすものです。
自信をなくした結果、次の行動をとるための判断基準に「叱られないかな」というワンクッションが付け加えられ、自ら判断が必要な局面でも行動の選択肢が減ってしまいます。
最終的には、「何をしても怒られるなら、何もしない」といったように、指示待ち人間になってしまう可能性もあります。
結果的に、あなたの組織の生産性を落とすことにもなります。
周りの士気を低下させる
感情的な叱責のデメリットとして、見落としがちなポイントですが、関係のない周りの同僚の士気を低下させることがあります。
自分が叱責されているわけではなくても、職場で負の感情による言葉が飛び交っていたら、ヤル気がなくなってくるというのは一般論として理解できると思います。
また、自分も叱られないようにしようと前向きに捉えてくれる部下・後輩もいるかもしれませんが、それは結局のところ、前の項目でいう委縮と同じ効果をもたらすことでもあります。
良かれと思っての叱責でも、組織にとってマイナスの効果を産んでしまうことは、あなたにとっても不本意ですよね。
叱り声がBGM化してしまう
日常的に部下・後輩を叱っている人は、自身の叱責の言葉がちゃんと相手に届いているかを検証してみましょう。
かえりみたときに、言葉が届いていないと感じるのであれば、あなたの叱責がBGM化している可能性があります。
「何度同じことを言わせるんだ」的なフレーズを使ってしまっているなら要注意です。
BGM化とはどういうことかと言いますと、買い物に行ったときに店内でBGMが流れていたことを覚えていても、曲名や歌詞の内容は覚えていないことがほとんどですよね。
このように、あなたの叱り声が日常化した生活騒音の一部になっていて、内容が耳に届かないBGMのようになっていませんか?
誰だって怒られるのは嫌です。
人が怒っている声には無意識に耳を閉ざしてしまうものです。
BGM化ってどういうこと?
例えば、カンニング竹山さんという芸能界を代表する「キレ芸」の芸人さんがおられます。
怒るさまを笑いにつなげる、非常に実力のある芸人さんだと思いますが、テレビで怒っているのを見たときを思い出してみて、「何で」怒っていたかを覚えていますか?
覚えていないという方がほとんどだと思います。
この状況が、叱り声がBGM化するということです。
BGM化した叱責を浴びせられている人は、反省ではなく、この状況をどうしたら早くおさめられるかを考えてしまうものです。
あなたの言葉が届かない、反省もしてもらえない、こんな悲しい状況には陥りたくないものですね。
パワハラ上司扱いされてしまう
現代では、パワハラ、セクハラ、モラハラ、アルハラなどなど「〇〇ハラ」が乱立しています。
良いことか悪いことかは置いておいて、弱い立場の人が過剰防衛されるようになり、管理職以上の方にとっては非常に神経を消耗する社会になったのではないでしょうか。
私は、相変わらず怒られる側の立場の人間ですが、社会人の成長には時として感情的な叱責も必要ではないかとも思っています。
積極的に怒られたいわけではないですよ
自分のフラストレーションを晴らしたいがための叱責は論外ですが、相手のためを思った叱責でパワハラ扱いされては身も蓋もありません。
特に、叱責が勢い余って、相手の人格やプライベートの否定に及んでしまうことは絶対に避けましょう。
叱責をするときは、相手にはパワハラであなたを訴えるカードがあることを念頭に置きつつ、情熱の中にも冷静さを兼ねそろえた叱責を心がけましょう。
難しい提案をしている自覚はあります
どうすればいいのか
ここまで、ADHDに限らず部下や後輩を感情的に叱ることのデメリットを紹介してきました。
人間は誰しも感情を持っているため、精神に訴えかけるという点で「感情的に叱る」という行為は、一定の効果はあると私も思います。
しかしながら、近年の社会事情(職場で嫌な思いをすると、やれ休職だ、やれ〇〇ハラだ、など)から、場合によっては、あなたの社会的キャリアに悪影響を及ぼすほどのリスクも孕んでいることは忘れてはいけません。
かといって、部下・後輩の修正すべき点を放置していても、あなたの管理職としての資質に疑いの目を向けられてしまいます。
加えて、相手が発達障害グレーの場合、指導を繰り返しても改善しないことも多く、もどかしさを感じるかもしれません。
言って直る場合もありますが、指導(叱責を含む)によって修正できないからこそ発達障害なのです。
本人の反省と、その後の行動が必ずしも一致しないことを念頭に置いて接する必要があります。
開き直るわけではないですが、発達障害当事者としては、指導してくださった皆様には申し訳ないなと思っています
この記事の後半では、部下・後輩の指導・改善にあたって、どのように対応していくべきか、私なりのアイディアを述べさせていただきます。
受け入れる
まずはじめに、相手の欠点を個体差・特性として受け入れてみましょう。
できることなら、叱るべき相手のことを尊重してみましょう。
相手を尊重すれば、感情的に叱るということには自然とブレーキがかかるのではないでしょうか。
そして、良好な人間関係は、常に相手を受け入れることから始まります。
誰だって、自分のことを見下してくる相手と仲良くなろうなんて思いませんよね
ミスの許容度を設定する
くどいようですが、私は職場での叱責は必要悪であると考えています。
肝心なのは、どの段階まで到達したら叱るかのルール設定だと思います。
・自分で申告したミスは叱責しない
などです。
また、仕事上のミスというのは、適切に対処し改善すれば、組織が一段と強くなるきっかけでもあります。
ミスによって周りにかけた迷惑の度合いにもよりますが、いっそのこと受け入れてしまうくらいの度量を持っていてもいいかもしれません
文章化する
ミスを指摘するときなど、感情的になってしまわないように深呼吸するなど、一呼吸置くというのは定番ですね。
わかっていてもどうしても感情的になってしまうというのであれば、文章化してみるというのはどうでしょうか。
指摘したい相手に対し、ビジネスライクなメールを作成してみます。
どんなに感情的になっていたとしても、メールの文面にまで感情的なフレーズが出てくることはないでしょう。
もちろん、作成したメールは実際に発信する必要はありません。
あなたが改善したいことを相手に伝えるための論理的な整理に活用するためのものです。
伝えたいメッセージから、感情を排出するイメージです
チャンスととらえる
ミスの多い部下が自分についてしまった、と嘆くのではなく、チャンスととらえてみてはいかがでしょうか?
・誤字が多い⇒チェックをするあなたこそが文書の守護神
・いうことを聞いてくれない⇒自分の指導力をレベルアップさせるキッカケ
・周りと交わる気がない⇒距離を近づけることができれば、あなただけのビジネスパートナー
要するに、ミスによって発生するトラブル等をプラスにとらえていきませんか、という提案です。
プラス思考のビジネスマンはいつの時代も素敵に輝いているものです。
ミスの多い部下・後輩は、あなたを輝かせるラストピースの可能性があります。
ちょっと無理やりなのもありますが、何事も前向きにとらえることです
まとめ
今回は、職場でのミスの多い部下や後輩を叱ることは無意味 or 逆効果というテーマで書かせていただきました。
お互いに感情をもった人間ですから、ときには感情的なコミュニケーションもあっても仕方がないと思います。
必要最低限で、なおかつ一方通行にならないように細心の注意も必要です。
そして、発達障害を抱える人は、指導を受けたことへの反省と、その後の行動の変化が一般的に期待されるものと乖離していることがあります。
指導後に改善しないからといって、必ずしも、反省していないわけではないことも知っていただければと思います。
発達障害は、一人ひとり特性が違うので、私の記事がみなさんが置かれている状況に当てはまらないということは承知しておりますが、どれか一つでも参考になればと思います。
漠然とした不安は「認知のゆがみ」に由来するものかもしれません
仕事や人間関係のちょっとしたことで、不安になったり、悩んだり、イライラしてしまうのは「認知のゆがみ」によるものかもしれません。「認知のゆがみ」とは?
同じ状況や出来事に遭遇しても、事実として得られるものは、それぞれの人の認知の仕方によって異なります。出来事の受け止め方が人によって違うために、それに伴う感情や行動も、時として他人に理解されなかったり、常識外れとされてしまったりすることがあります。
例えば、上司に仕事のミスを指摘された場合、
「再発防止策を考えよう」「上司がいてくれてよかった」と前向き捉える人もいれば、
「こんなミスしてしまうなんて自分はなんてダメな人間なんだ」と落ち込んだり、
「この程度のミスを指摘するなんて、上司は器の小さな人だ」と敵意を持って捉える人もいます。
同じ出来事なのに、捉え方ひとつでこのように気持ちの違いが生まれてしまいます。
認知のゆがみとは、一般的に、同じ出来事に遭遇した際に、歪んだ捉え方をすることで、自分の気持ちが不安になったりイライラしたり、ネガティブなものになることを指します。
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認知の仕方には正解がなく、ポジティブなら良いというわけでもありません。けれども、必要以上にネガティブに受け止めて、その感情を蓄積させてしまっても人生が楽しくありません。
自分自身の認知のクセを知って、コントロールできればベターだと思います。
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